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福岡高等裁判所 昭和27年(ラ)45号 決定

抗告人 申請人 国際バイヤー指定ホテル株式会社 大丸別荘 外二名

訴訟代理人 菅野虎雄

相手方 被申請人 武石源太郎

訴訟代理人 鶴田英夫 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

事実

抗告及び答弁の趣旨

抗告人らは「原決定を取消す。相手方が福岡県筑紫郡二日市町武蔵四三四番地、宅地四八坪において、温泉湧出の目的をもつてなすさく井工事を停止する。同工事場所を執行吏の保管に附する。執行吏は同工事停止の執行のため、掲示その他適当の方法をとるべし」との決定を求め、相手方は、抗告を棄却するとの決定を求めた。

抗告人らの主張及び相手方の主張に対する答弁事実

一、抗告人国際バイヤー指定ホテル株式会社大丸別荘(以下大丸別荘と称する)は、別紙目録一の土地を所有し、同地に温泉を掘さくし(深度二十六間)、鉄管により約百間を引湯し、その経営する旅館用硝子風呂に使用しているが、この設備費に約四百万円を投じ、抗告人井筒巖は、別紙目録二の土地を所有し、同目録二の(一)の土地に温泉を掘さくし(深度二十六間)、同二の(二)地上に堺湯旅館を建設し、右温泉を引湯使用して旅館業を経営しているが、この費用に約百万円を投じ、抗告人筑紫産業株式会社(以下筑紫産業と称する)は、別紙目録三の土地を所有し、同地に温泉を掘さくし(深度二十六間)、約八十間を隔つる同会社経営の博多湯に鉄管で引湯使用し、この建設費に約百五万円を投じている。

二、しかるに、本件当事者外の平島謙一は右各土地に隣接する、別紙目録四の土地を所有し、昭和二十七年二月頃から同地に温泉湧出の目的で、掘さくを始め、既に十間余を掘さくしており、同じく松原寅之助は、抗告人ら所有の前記各土地に隣接する、別紙目録五の土地及び抗告の趣旨記載の土地を所有するところから、相手方と共同して、同年二月頃から、同地に温泉湧出の目的で掘さくを始め、既に十数間を掘さくしている。

三、抗告人ら所有の土地の地下水と、右平島謙一、松原寅之助及び相手方三名が掘さく中の土地の地下水とは、温泉源を一にし、二日市町武蔵温泉の泉脈は南西から東北の方位に流れ、殊にその地下水量は、余り豊富でないから、相手方らが掘さくを擅にするまま放任せんか、抗告人ら三名の温泉は涸渇を免れない。かかる事態に対処し、温泉保護のため、温泉法第三条は、温泉の掘さくについて、知事の許可を受くることを要する旨規定しているのである。しかるに右相手方ら三名は、その許可を受けないで掘さくを始めたので、昭和二十七年三月福岡県知事から、その差止を受けたにもかかわらず、密かに掘さくを継続しているから、抗告人らは、昭和二十七年五月十五日前記相手方ら三名を被告とし、福岡地方裁判所に温泉掘さく禁止の本案訴訟を提起し、同訴訟は同裁判所昭和二十七年(ワ)第三九四号事件として係属している。

四、前記平島謙一、松原寅之助及び外六名のなした温泉掘さく許可申請に対しては、福岡県温泉審議会の意見を聞き同県知事において、右掘さく申請は、既設温泉の湧出量、温度若しくは成分に影響を及ぼす虞ありと認め、不許可処分をなした。しかるに相手方は抗告の趣旨記載の土地を、松原寅之助から使用貸借により借受け、さきに同人が掘さくをなした箇所から、僅か数間を距つる場所を掘さく地として、別個の掘さく許可申請をなして、許可を得たがその許可前から温泉掘さく工事をなしている。そして、右工事の箇所は前述のように、右八名のなした許可申請が不許可となつた所と温泉法上なにら変つた点はなく、また申請の事由を異にするものでもない。殊に、昭和二十六年十二月二十五日武蔵温泉組合総会において、新規の温泉湧出を目的とするさく井を十八名に対してのみ認め、その以後は、既設湯口から六十間を距てなければ認めない旨申合せをなし、その際は相手方は右申合せに加わり右十八名中の一人として、その所有の肩書二日市町武蔵四八三番地にさく井することを認容されながら、同地にはさく井しないで、大丸別荘の湯口から八米、井筒巖の湯口から十五米、筑紫産業の湯口から七米を距つるに過ぎない地点において本件の掘さく工事をしているのである。

五、従来の事例に徴するも、既設温泉の湯口に近接して、温泉湧出の目的をもつて、土地の掘さくをなせば、既設温泉の湧出量は減少し、その温度は低下して、遂には温泉の生命を失い、右掘さくを復旧埋没せんにも、既に泉脈は損壊されているから、これを原状に回復し得ないことは、経験上明らかである。

要するに、武蔵温泉の地下泉脈は南西から東北に流れ、その水量は豊富でなく、抗告人らの温泉源と相手方の目的とする泉源とは泉脈を同じくし、且つ相手方が前記のような協定に違反し、抗告人らの湯口に近接して掘さくすることは、抗告人らの温泉権に対する侵害行為で権利の濫用というべく、この権利濫用たる掘さく工事を禁止しなければ、後日抗告人ら勝訴の本案判決を得ても抗告人らの温泉権を保全し得ないから、本件の仮処分を求めるものである。

相手方の受けた本件掘さくの許可に、相手方主張のような附款が存すること、福岡県が相手方主張の地点と大差のない場所で、許可を受け、掘さく工事をなしていることは認める。

六、最後に抗告人らの法律上の見解を要約する。地下水の利用は土地所有権に附属するものであるが、その利用権は、他人の権利を侵害しない限度においてのみ許されるもので、この限度を逸脱するときは、権利の濫用となり、その許されないことは、夙に判例の是認するところである。温泉法第三条が、温泉を湧出させる目的で、土地を掘さくしようとする者に対し、知事の許可を要求する所以は、同法第四条前段にいう所の「温泉の湧出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし、その他公益を害する」掘さくを取締る目的にいずるもので、原決定のように、許可により、特殊の私権が創設されるものではない。新に温泉法が制定施行された現在においても、前記判例の趣旨とするところは、なお妥当する。従つて、抗告人らが本件仮処分を求むることは、許可処分の効果を一時停止させることを目的とするものではなく、抗告人らの権利を保全し、これが妨害を除去せんとするものである。

相手方の主張及び抗告人らの主張に対する答弁事実

一、抗告人ら主張の一の事実は各費用額を除きその余の事実は認める。各費用の額は不知。同二から四までの事実は、平島謙一及び松原寅之助が主張の土地を所有すること、竝びに平島謙一が主張の土地に、温泉を湧出させる目的で掘さくしたことは認める。平島謙一は、昭和二十六年十一月十九日温泉法の規定に基いて、福岡県知事に対し、掘さく許可の申請をなした上、従来の慣例に従い許可前の同年十二月二十三日掘さくを開始し、昭和二十七年一月二十日頃まで、深さ十間余を掘さくしたまま、自発的に掘さくを中止していたところ、同月二十七日頃福岡県知事から、掘さく禁止の命令を受けたものであり、その後は、全然掘さくしていない。松原寅之助は、昭和二十六年十一月同知事に対し、温泉掘さくの許可申請をなしたが、現在まで掘さくに着手したことさえない。相手方は、同年八月頃同知事に対し温泉掘さくの許可申請をなした。そして従来二日市町武蔵温泉地域においては、右許可申請をなした後その許可前に、掘さくを開始することは、前記のように一般に行われた慣例であるけれども、相手方は、知事の許可があるのを待つていたところ、同年十二月二十五日福岡県温泉審議会で審議の結果、県知事から許可される見通しを得たので、抗告の趣旨記載の土地を松原寅之助から、掘さくのため使用することの承諾を受け、同月二十六、七日頃から、同土地の一部は掘さくを開始し(現在掘さく中の箇所と地番を同じくするも、場所を異にする)、翌二十七年二月八日までに、深さ十数間を掘さくしたが、同月中福岡県知事の掘さく中止命令を受けたので、同掘さくを中止し、その後は全然右箇所を掘さくしていない。その後、昭和二十七年七月一日、同知事から、温泉を湧出させるため掘さくの許可を受けたので、松原寅之助から、右同地番の土地の一部(但し、前示中止命令を受けた箇所と異る)を、右掘さくのために使用する使用貸借上の権利を得、これに基ずいて掘さく中である。(掘さくした結果相当の温泉が湧出すれば、右借用地を同人から買受けることになつている)抗告人ら主張の本案訴訟係属の点は総て認めるが、以上相手方の述べた点以外の抗告人らの主張事実は全部否認する。

二、抗告人ら主張の五、六の点に関して。

温泉法の規定を検討すると、同法第三条による知事の許可は、土地利用に関する不作為義務を解除する行政行為であり、この許可によつて、土地所有権行使の一態様たる温泉の採取が自由になされ得ることとなるに過ぎず、右許可によつて、特定の権利が設定されるものではない。この点相手方も抗告人らと所見を同じくする。

そして、抗告人大丸別荘は、昭和二十六年五月八日その主張の土地につき福岡県知事に対し温泉掘さく許可申請をなし、許可前の同年九月頃工事を完成し以来温泉を採取し、同井筒巖は昭和二十五年十二月頃その主張の土地に掘さくを開始し、昭和二十六年一月十日掘さく許可申請をなし、許可前の同月十四日工事を完了して温泉を採取し始め、同筑紫産業は、昭和二十六年九月十二日掘さく許可申請をなし、許可前の同年十二月上旬大丸別荘の掘さく口から僅かに六米を距てた所に掘さく口を完成して温泉を採取し来り、昭和二十七年二月二十五日に至り漸く、抗告人らは前記各申請に対しそれぞれ掘さく許可を受けたもので、この許可と共に始めて温泉の採取を適法になし得る段階に達したのである。

しかし、抗告人らが温泉を採取しているのは、土地所有権の行使としてであり、知事の許可は温泉採取の権利を設定するものでもなく、又抗告人らに、温泉源の専用権を与えたものでもない。されば、抗告人らの土地に隣接する本件土地の使用権を有する相手方も亦、その権利の行使として、掘さくをなし得る筋合であり、しかして、所有権者から使用の承諾を得たる相手方は、法令の制限内において自由に本件土地の使用収益をなし得る以上(民法第二百六条参照)、右使用収益を妨げる法令の存しない限り、抗告人らは、権利行使の態様たる相手方の掘さく行為を差止むる権利を有しないと云わねばならない。又仮りに抗告人ら所有の土地の地下水と本件土地の地下水とが温泉脈を一にするとしても、抗告人らはこの泉脈に対する所有権は勿論、その独占的利用権も有しないから、抗告人らは、相手方が所有権者から許容された土地所有権の行使として、右温泉脈から温泉を採取することを容認せねばならない。

三、本件掘さく行為は、権利の濫用でもない。相手方は肩書地で巴旅館を経営しており、現在採取している温泉が他に比較し不良であるため、本件土地において掘さくし、もつて自己経営の旅館用兼自家用に供せんとするもので、その所要量も多量ではなく、また掘さく湯口の温泉が良好であれば、旧湯口は埋めるとの許可に示された附款に準拠して、相手方は右許可条件の通り実行する意向である。以上の事実関係から明らかなように相手方の行為は、抗告人らの温泉採取行為を妨害し、或いはそれを不可能ならしめんとする意図によるものでないことは勿論、全く地下資源の適正な利用による共栄と社会福祉の増進に寄与する結果をもたらすものでこそある。しかして、抗告人らの各湯口から相手方の本件掘さく口までの距離と大差ない間隔を、右抗告人らの湯口から距つる他の地点において、福岡県が同県知事の掘さく許可を受けて掘さくを開始しており、このことは、相手方の本件掘さく行為が抗告人らの既設温泉に影響を及ぼさないことを示すものであり、且つ、福岡県知事が相手方に対し、本件掘さくを許可したことは、温泉法第四条の反対解釈上同知事が、本件掘さくを抗告人ら既設の温泉に影響しないと認めた結果と解すべきである。よつて、本件抗告は棄却さるべきである。

〈疎明省略〉

理由

一、抗告人ら主張の一の事実(但し所要経費の点を除く)と、相手方が抗告人ら主張の土地を、所有者松原寅之助から、温泉を湧出させる目的で掘さくすることの承諾を得て借受け、温泉法の定むる所により、福岡県知事の許可を受け、掘さくしていることは、当事者間に争がない。

二、抗告人らの本件申立の要旨は、本件二日市町武蔵温泉の地下泉脈は南西から東北に流れ、その水量は豊富でなく、また、抗告人ら湯口の泉脈と相手方が掘さくしている温泉の泉脈は、同一のものであるから、相手方が事実摘示のように、協定に反し且つ、抗告人らの湯口に近接して掘さくすることは、抗告人らの既設温泉の湧出量を減少させ、温度を低下させ、温泉の生命を喪失させるに至る、権利の濫用であり、知事の掘さく許可は、原決定の説明するような、特別な私権を創設するものでもないから、抗告人らは土地所有権に基ずく泉源利用権により、相手方の掘さく行為の禁止を求めるというのである。

按ずるに、温泉は公衆衛生上の、また精神的慰安と広義の文化的竝びに経済的施設として、あるいは直接温泉を利用する多数人に有形無形の寄与をなすは固より、温泉を中心とする市町村ないしその区、部落を形成し集団する多数人の経済的社会的生活に対し重要な寄与をなし、あるいはその生活の基盤をなすものであるから、もしこれを通常の土地に関する財産権と同視して、温泉の掘さくとその利用とを、本来の権利者の任意な権利行使に放任せんか、多くは、濫掘と濫用の結果を招来し、その程度如何によつては、既設温泉の湧出量、温度成分等に悪影響を及ぼすばかりでなく、新たに湧出する温泉も、少量、低温となり、その成分も悪化し、所謂共倒れとなつて、温泉を基盤とする経済的社会的生活は破壊され、温泉に来集利用せんとする人々の利益は奪われ、または公衆衛生上却つて有害ともなる場合あることは、看易い道理であるから、温泉法は、温泉を保護し、その利用の適正を図り公共の福祉の増進に寄与することを目的として、温泉の掘さく(同法第三条)とその供用(同法第十二条)につき、都道府県知事の許可を要すとし、土地使用権の行使に制限を加えるとともに同知事において温泉の湧出量、温度若しくは成分に影響を及ぼしその他公益を害する虞があると認めるときは掘さくの許可を取消し(同法第六条)公衆衛生上必要があると認めるときは、温泉供用の許可を取消すことができる(同法第十八条)と規定し、もつて、前示のような、社会的経済的その損害及び公衆衛生上の危険の発生を未然に防止し、あるいはこれを匡正せんとしている。

かかる

温泉法の目的及び同法の規定を通覧すれば、都道府県知事の掘さくの許可又は供用の許可は、講学上の所謂不作為義務を解除する行政処分であつて、許可処分により土地の掘さく又は温泉の供用が適法になされ得るに過ぎず、許可処分によつて、特定の新たな権利が創設されるものとは解されない。しかして、土地の使用権は公共の福祉に遵い、信義に従つて行使することを要し、権利の濫用は許されないから、知事の許可を得て、土地を掘さくする者といえども、その掘さく行為が右権利行使の原則に反するときは、既設温泉権者は、権利の濫用として、右掘さく行為の禁止を訴求し得べく、また、右掘さく行為が右原則に遵うものと認められるときは、既設温泉権者といえども、当然には掘さく行為の禁止を訴求し得ないものといわねばならない。

三、この見地に立つて、本件を見るに、成立に争のない甲第十三号証第十七号証の二から四まで(但し、四中後記措信しない部分を除く)、乙第一号証から第四号証まで、の各記載、証人山田彦太郎(後記措信しない部分を除く)、同武石トモエ各証言、抗告人大丸別荘代表者山田大助、同筑紫産業代表者武石政右衛門(前回)の各供述、及び当事者弁論の全趣旨を合せ考えると、抗告人らはいずれも、温泉湧出のための掘さくの許可竝びに温泉採取の許可を得ていた者であるが、昭和二十六年中福岡県知事に対し、改めて、温泉湧出のため、掘さくの許可申請をなし、許可前掘さく工事を完成した上前認定のように引湯し、翌二十七年二月中掘さくの許可を得、相手方亦肩書地に有する湯口から引湯して、同地にその妻武石トモエ名義で巴旅館を経営する者であるが、その温泉の温度は僅かに三十度位で不良たるため、抗告人らが許可を得た日から僅か四月余り後の昭和二十七年七月一日同知事から、温泉湧出のため掘さくの許可を受け、現在掘さく工事をなしている経緯であり、右許可処分にあたり、同知事の諮問を受けた福岡県温泉審議会は、同委員中僅か三名の反対があつただけで、過半数の決議をもつて、許可するを相当とする旨の意見を答申しているし、なお右許可には、掘さくの結果相当の温泉が湧出したときは旧泉源は埋没して復旧することの附款存し(この点は争がない)相手方においてはこの附款通り確実に実行する意思竝びに資力のあること、右掘さく地点から、大丸別荘の湧口までは、四十八尺井筒巖の湯口までは二十一米、筑紫産業の湯口までは、五十六尺、の各間隔が存するのであるが、単に間隔だけを問題とすれば、抗告人筑紫産業と同大丸別荘の各湯口の間は、僅か二十五尺を隔つるに過ぎないけれども、それ故に両者の一方、あるいは双方の温泉に影響があるとは認められず、又抗告人らの湯口や本件係争の掘さく地から遠くを隔てない場所においては、両湯口間の距離二十五尺程度、あるいは五十九尺程度を置いて、それぞれさく井引湯している事例があるが、さしたる影響のあるとも認められない場合もあるとともに、若干の影響を及ぼすものと認めらるる場合もあり、従つて、相手方の本件掘さくによる温泉の湧出によつて、抗告人らの温泉の湧出量及び温度に多少の影響を及ぼすことのあり得ることは否定し得ないと同時に、常に影響を及ぼすものとも限らず、しかも、いかなる影響を及ぼすやは湧出後一年位を経て判明するものであること、相手方は、抗告人主張の日に、主張のような協定に同意したことはなく、右協定の成立したと主張する日の後、福岡県が同県知事の許可を得て、抗告人湯口と相手方掘さく地点との間隔よりやや隔つた地点で現に掘さく中であること(このことは当事者間争がなく、その地点らのは、最も近い筑紫産業の湯口から、六十七尺を去る所である)、本件武蔵温泉は温泉としては、既に老衰期に達しており、同温泉地域には二十五名の温泉権者が存するところ、湯口から引湯したまま加熱せずに使用する者は漸く八名で、その他は、引用の温泉に加熱して浴湯としていることの各事実が疏明される。これに反する甲第十二号証、乙第十七号証の四の各記載、山田彦太郎の証言、武石政右衛門の供述はいずれも信用しない。その他にこれを打消す反対疏明はない。

しかして、温泉法第六条、第四条の規定によると、知事において温泉の湧出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし、その他公益を害する虞があると認めるときは、温泉湧出のための掘さくを許可しないはずのものと解すべきであるから、知事より掘さくの許可があつた場合は、格別の事情の存しない以上、当該許可に基ずく掘さく行為は、既設温泉の湧出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし、その他公益を害する虞があるとは認められないものと推認され、これを前示疏明された各事実と綜合すると、仮りに、抗告人らの温泉源と、相手方がそこから湧出させようとする温泉源が同一であるとしたところで(抗告人ら主張の泉脈の流れの方位については疏明がない)、相手方の本件掘さく行為が、抗告人らの温泉利用権(抗告人らが本件温泉源について、排他的な独占的利用権を有することは、その主張しないところであり、またその疏明もない)に対し、信義に反する土地使用権の濫用であるとは解せられないから、結局抗告人らの本件仮処分によつて保全しようとする被保全権利の存在については、その疏明がないことに帰着し、また、本件は保証を立てさせて仮処分を許すことも相当でないと認める。

原決定はその理由において以上説明するところと異るけれども、抗告人らの本件仮処分の申請を排斥した帰結は相当で、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 桑原国朝 裁判官 二階信一 裁判官 秦亘)

土地目録〈省略〉

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